一般質問不許可通知に対する意見書
2020.10.21
龍谷大学法学部教授 法学博士 福島 至氏の見解
長岡市議会議長丸山広司氏が令和2年8月25日付で発した「令和2年9月定例会における一般質問の一部不許可通知」(以下「通知」という。)4通(長議第118号、同第118号の2、同第119号、同第119号の2)につき、以下の通り、意見を申し述べる。
<目 次>
1 当職の経歴、業績等
2 通知4通の論理とその欠陥
3 刑事確定訴訟記録法6条の意義と通知の当否
4 通知と議会制民主主義の危機
1 当職の経歴、業績等
意見を述べるにあたり、最初に、当職の経歴や業績等について明らかにしておきたい。
私は、1977年東北大学工学部卒業、1982年同大学法学部卒業後、1988年に同大学大学院法学研究科博士課程を修了し(法学博士)、その後、弘前大学講師、助教授、龍谷大学助教授を経たのち、1995年から現職にある。2005年には弁護士登録をし、現在まで弁護士としても稼働している(京都弁護士会所属)。
主要著書は、『略式手続の研究』(成文堂、1992年)、『コンメンタール刑事確定訴訟記録法』(編著、現代人文社、1999年)、『法医鑑定と検死制度』(編著、日本評論社、2007年)、『團藤重光研究』(編著、日本評論社、2020年)、『基本講義 刑事訴訟法』(新世社、2020年)などである。
刑事確定訴訟記録法に関する業績としては、上記『コンメンタール刑事確定訴訟記録法』のほか、「刑事確定訴訟記録法と知る権利(一)─刑事確定訴訟記録法の再検討」龍谷法学29巻4号24頁(1997年)、「特集 刑事司法情報の保存と公開 刑事確定訴訟記録法を中心として─研究者の立場から」刑法雑誌38巻3号74頁(1999年)、「訴訟関係人による刑事確定訴訟記録の閲覧請求が否定された事例」ジュリスト平成20年度重要判例解説1376号224(2009年)、「刑事確定訴訟記録法に基づく判決書の閲覧請求を不許可とした保管検察官の処分が同法4条2項4号及び5号の解釈適用を誤っているとされた事例」刑事法ジャーナル36号131頁(2013年)など、多数がある。
また、NHK Eテレの番組「視点・論点」に出演し、「刑事裁判記録は誰のものか」について、論じたこともある(2018年4月4日13:50〜14:00全国放映)。このときの内容については、https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/293437.htmlを参照されたい。
以上、刑事確定訴訟記録法に関して、私は20年以上にわたって研究活動を続け、一定の研究業績を明らかにしてきたところである。
2 通知4通の論理とその欠陥
⑴ 通知の論理
長岡市議会議長丸山広司氏が令和2年8月25日付で発した4通の通知は、名宛人ならびに対象が異なるものの、内容においてはほぼ同じ論理が展開されている。まず、その論理を整理し、確認しておきたい。
通知(長議第118号)を例に、確認する。当該通知は、「2 質問を許可しない理由」の「⑴ 理由の主旨」に、各質問項目の内容を確認したところ、元職員の本件事件に係る「刑事確定訴訟記録(以下「本件保管記録」という。)を、援用しようとしていることが明らかになったため。」と記している。
続いて、当該通知「⑵ 6月定例会における一般質問について(前提事実)」では、6月定例会において当該議員らが本件保管記録を援用して一般質問で発言したことにより、まず、その発言は「元職員の証言等と市の見解のいずれかが正しく、いずれかが間違っているという点を論点化することで、元職員の証言等に対する聞き手の評価を引き起こすものである」とし、「そうすると、・・・・聞き手の中に元職員の証言等が誤っていると評価する者が生じ得ることは否定できない」(根拠①)とする。
そして、「また」として、「6月定例会の質問の趣旨は要するに、本件保管記録に記載の元職員の証言等を主たる根拠とし・・・市が行った入札に係るくじ引き対策(・・・(虚偽公文書の作成及び行使)・・・)が、本件事件の原因であるとして市をただすものである。」とする。その上で、「虚偽公文書の作成及び行使の犯罪があると思料するならば、議員自身が当該犯罪を捜査機関に対して告発すればよいのであって、・・・議会の一般質問の場において、本件保管記録を援用し、本件指摘発言を殊更に行う正当な理由は見出せない。」(根拠②)とする。
そうして、「以上のことから、本件指摘発言は、本件保管記録により知り得た事項をみだりに用いた上でのものであり、これを通じて元職員の証言等が上記のような評価を受けることで、元職員の改善及び更生を妨げるだけでなく、その名誉や生活の平穏をも害する人権侵害行為であり、刑事確定訴訟記録法第6条の規定に違反すると考えられる。」とする。
その上で、当該通知「⑶ 本件質問において、本件保管記録の援用自体を認めない理由」においては、6月定例会の質問は違法性があり、また9月定例会における本件質問を許すと本市自体が国家賠償請求される蓋然性があることなども理由に付加して、「本件質問における本件保管記録の援用は、市議会の品位を損なう恐れがあり、認めることができない。」と結んでいる。
以上の通知(長議第118号)の論理は、4つの通知にほぼ共通のものであることが認められる。
⑵ 通知の欠陥
通知の論理をまとめると、その主張の中心は、当該議員らが6月定例会において本件保管記録を用いて質問したことが、①元職員の証言等が誤っていると評価する者を生じさせ得ること、②虚偽公文書作成罪等があると考えるならば告発すべきで、議会で質問すべき正当な理由がないこと、とまとめることができる。
①と②の根拠の当否については後に述べることとして、ここでは、通知が根拠①、②から、結論を導き出した論理を検討する。
通知は根拠①と②から、6月定例会の質問が刑事確定訴訟記録法(以下「法」という。)6条の規定に違反すると結論づけている。しかしながら、法6条の規定は、大前提として、閲覧により知り得た事項を「みだりに用いて」との要件を置くのであって、その要件に該当しなければ、そもそも法6条に違反すると結論づけることはできない。
その点から通知を改めて精査すると、閲覧により知り得た事項を、正当な理由なく用いたかどうかについての検討はほとんどなされていない。通知の論理は、法6条の要件に当てはまることをそもそも述べていないのである。これでは論証になっておらず、しかも結論を導く上で飛躍がある。このような欠陥のある論理で、議員の発言の自由をはく奪することは許されない。
なお、根拠②を法6条の「みだりに用いて」の根拠としたいのかもしれない。しかし、議員が一般的な議員活動の中で何か犯罪があると思ったならば、議員は必ず告発をすべきなのだろうか。そのような法規範を導くことは難しいと思うが、たとえ導くことができたとしても、議員はその事実を議会で触れてはならないということにはならない。だいたい、もしそんな結論が導かれるならば、国政で文書作成の真偽が問題になっても、野党議員はもっぱらその告発だけを行うべきだということになってしまい、国会において政府を批判する内容の質問はできなくなってしまうだろう。
3 刑事確定訴訟記録法6条の意義と通知の当否
通知はその論証に欠陥があり、飛躍もあると思う。しかし、あえて通知が述べたかった趣旨をくみ取るとすれば、6月定例会における当該議員の質問が、法6条に抵触したのではないかとする主張である。以下、この点につき意見を申し述べる。ただし、その際には、もっぱら通知の示した根拠①をめぐり、検討を加えることとする。(根拠②が破綻していることは、既に2⑵で述べた)。
⑴ 刑事確定訴訟記録法6条の構造
はじめに、法6条の要件を確認しよう。
法6条の義務違反は、2つの絞りがかけられている。第一は、閲覧により知り得た事項を「みだりに」用いることである。第二に、その上で、「公の秩序若しくは善良の風俗を害し、犯人の改善及び更生を妨げ、又は関係人の名誉若しくは生活の平穏を害する行為」をすることである。
⑵ 「みだりに」用いたのか
法6条の要件からすると、当該議員らは、閲覧により知り得た事項を「みだりに」用いたか否かが、問題となる。ここで、「みだりに」とは、正当な理由がないのにとの意味である(押切謙徳ほか『注釈 刑事確定訴訟記録法』[ぎょうせい、1988年]159頁、福島前掲『コンメンタール 刑事確定訴訟記録法』[現代人文社、1999年]144頁)。
そうすると、当該議員らの6月定例会の質問に際し、刑事確定訴訟記録法によって閲覧をして知り得た事項を用いたことに、正当な理由があったか否かが問題になる。これを当該質問について考えてみると、当該議員らは、長岡市において発生したいわゆる官製談合事件の発生を受けて、同市における談合の実態解明を行い、再発防止の対策を考えるために、市政における入札の制度に関する質問を行っていたことが認められる。これは、地方公共団体の議会における議員の正当な職務活動に当たるというべきである。地方自治法第1条は「地方公共団体における民主的にして能率的な行政の確保を図るとともに、地方公共団体の健全な発達を保障することと目的とする。」と規定しているのであるから、当該議員の質問は正しくこの目的に適合している活動である。
したがって、当該議員らの質問は、閲覧により知り得た事項を正当な理由に基づいて利用しているのであって、「みだりに」にはあたらず、法6条にはおよそ違反しないと結論づけることができる。
⑶ 根拠①について
当該議員らが「みだりに」用いていない以上、法6条違反にはなり得ない。したがって、これ以上論じる必要はない。
なお、市議会で本件談合事件に関する質問が行われることにより、元職員の立場からすれば、少々心中穏やかならざる事態が生じる可能性はありうるだろう。しかし、上述したとおり、正当な理由に基づく質問によって生じるその程度の心理的影響は、公務員として当該公務に関する職務犯罪を過去に犯した者として、受忍すべき程度のものであろう。
4 通知と議会制民主主義の危機
議長の今回の通知を是認することは、民主主義社会において大きな問題があると考える。
刑事確定訴訟記録法は、刑事訴訟法53条の規定を受けて設けられた法律である。刑事訴訟法53条1項本文は、「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる」と規定している。また刑事確定訴訟記録法4条1項本文も、これを受けて、「保管検察官は、請求があつたときは、保管記録(・・・)を閲覧させなければならない」と規定している。
これらの規定をみると、原則として、閲覧目的の理由を問わずに、誰もが確定した刑事訴訟記録を閲覧することができる旨保障していることがわかる。このような保障は、「誰でも」、「理由を問わず」閲覧できる点で、情報公開型の保障である。したがって、この閲覧請求権は、憲法21条の知る権利の保障や憲法82条の裁判の公開の保障と密接に関係していると言われている。
さて、議員が情報公開によって得られた情報を用いて議会で質問しようとする場合、質問が情報公開によって得られた情報だからといって、議長は制限することができるのであろうか。そのような制限は、まったく正当化できないであろう。なぜなら、そんなことをすれば議員活動は著しく制限され、議会の機能を果たすことが困難になるからである。総務省ホームページにある資料「議会のあり方・長と議会の関係について」によれば、「議会は、地方公共団体の意思を決定する機能及び執行機関を監視する機能を担うものとして、同じく住民から直接選挙された長(執行機関)と相互にけん制し合うことにより、地方自治の適正な運営を期することとされている」と示されている。議員活動が上述のように制限されてしまうと、ここでいう監視機能を発揮することは不可能になってしまう。このような制限に議会自身が道を開いてしまうと、自ら議員活動の手足を縛りかねない。議会制民主主義の危機になることを、強く自覚すべきである。
ここ数年、南スーダンの自衛隊日報問題や森友学園問題、加計学園問題、桜を観る会の問題と、国政においては、公文書の保管や保存の問題がクローズアップされてきた。公文書の保管や保存が必要なのに、多くが作成されず、また作成されていても廃棄されていたからである。公文書の保管や保存は、なぜ必要なのか。大きくは、事後に当該行政行為の適正さを検証するために用いるからである。行政の説明責任を果たすことにも資する。このことから考えれば、保管・保存された公文書から得られた情報を用いて、議員が議会で行政を監視、検証することは、選挙民から期待される望ましい行為である。
刑事確定訴訟記録法に基づいて保管・保存された訴訟記録も、公文書である。それを用いた議会の議員活動は、行政の説明責任を高め、民主主義社会の維持、発展を導く。森友学園問題は、現在刑事事件として係争中である。もし、森友学園事件が確定した後は、刑事確定訴訟記録法に基づいて、何人もその訴訟記録を閲覧することができる。国会議員も例外ではない。国会において、議員が閲覧によって得られた情報をもとに、政府に対してその事件の質問をすることは、議会制民主主義の立場から望ましいことである。制限すべきことではない。そのことに照らすと、本件通知は重大な問題性をはらんでいると考える。
長岡市議会においては、上述の視点も加味して、問題をとらえることをお願いしたい。
以 上