議会での活動

9月1日~6日 オランダ視察報告

2025.09.17

Ⅰ. 序論

 本報告は、2025年9月1日から6日にかけて実施したオランダ視察の成果を学術的観点から整理し、日本および地方自治体(特に新潟県)の農業・産業政策に対する示唆を導くことを目的とする。日本農業は現在、人口減少・高齢化、農地の縮小、国際競争力の低下という多重の課題に直面している。加えて、地球規模の気候変動や食料安全保障の不安定化は、農業の持続可能性に対して深刻な影響を与えている。

 こうした中、国内消費市場が縮小する日本においては、農産物輸出の拡大や食文化外交を通じた国際的市場開拓が不可欠である。しかしながら、日本の農業は依然として国内市場依存が強く、輸出志向型の産業構造は十分に確立されていない。農業労働力の減少や経営体の高齢化に加え、輸出インフラの未整備、研究開発と産業化の乖離が構造的課題として存在する。

 一方、オランダは国土面積が九州程度(約4.2万㎢)に過ぎず、人口も約1,800万人と比較的小規模であるにもかかわらず、世界第2位の農産物輸出国として国際的に高い地位を築いている。その輸出総額は2023年時点で約1,230億ユーロに達しており(CBS, 2024)、温室園芸、花卉産業、畜産、食品加工など多岐にわたる分野で世界市場を牽引している。

 特筆すべきは、研究機関・政府・企業が密接に連携し、知識集約型の産業構造を構築している点である。オランダの農業は、資源制約を逆手に取り、省資源・高効率・高付加価値を追求することで、農業を国際競争力ある輸出産業へと変貌させた。本視察の目的は、こうしたオランダの事例を現地で学び取り、日本および新潟県に応用可能な政策的知見を得ることである。

Ⅱ. オランダ農業の発展過程と現状

1. 戦後復興期から輸出志向への転換

 オランダ農業の発展は、第二次世界大戦後の深刻な食料不足を契機に始まった。政府は「食料の安定供給」と「国際競争力の強化」を二本柱に農政を展開した。1950年代には集約的な土地利用と温室園芸が導入され、1960年代にはEU(当時のEEC)加盟を背景に輸出志向型の農業政策が加速した。

 1970年代には二度のオイルショックを受け、省エネルギー技術の開発が急務となった。オランダの研究機関は温室内の熱効率化、二酸化炭素循環利用、水耕栽培の高度化を進め、低資源で高収量を達成する技術体系を構築した。これが後に「サステナブル農業」の基盤となり、21世紀に至って環境負荷低減と輸出拡大を両立する体制へと発展した。

2. 温室園芸と花卉産業の拡大

 今日、オランダの温室総面積は約9,000ヘクタールに及び、特にトマト・パプリカ・胡瓜など果菜類の生産は世界的に高水準を誇る。単位面積当たり収量は露地栽培の10倍以上に達し、水使用効率は一般的な土耕栽培の10分の1に抑えられている(WUR, 2023)。

 また、オランダは花き輸出において世界の市場を席巻している。チューリップ、ユリ、バラなど主要球根花きの国際取引量の過半を占め、アールスメーレン花市場は世界最大規模の取引所として機能している。輸出先は欧州域内のみならず、北米・アジアにも広がり、花きは「オランダの象徴的産業」として文化外交にも結びついている。

3. 物流インフラと国際市場対応

 オランダ農業の国際競争力を支えるもう一つの柱が物流インフラである。ロッテルダム港は欧州最大級の港湾であり、農産物の海上輸送を迅速に展開する拠点となっている。また、スキポール空港は航空貨物に特化した農産物輸送体制を整え、切り花や鮮魚など鮮度が重視される商品の空輸を可能にしている。

 これらの物流拠点は、オランダを「欧州の玄関口」とする戦略的地位を支え、輸出を前提とした産業設計を成立させている。日本の農産物輸出が港湾・空港インフラの制約を受けていることと比較すると、その差は顕著である。

4. 研究開発とスマート農業

 ワーゲニンゲン大学を中心とした研究開発体制は、ICT・AI・バイオ技術を積極的に導入している。たとえば、温室ではAIが光量・二酸化炭素濃度・温湿度をリアルタイム制御し、最適な成長環境を維持する。水耕栽培では、循環システムにより排水ゼロを実現し、環境負荷を最小化している。

 また、品種改良のスピードも際立っている。オランダでは新品種の市場投入までに平均5~7年で到達するが、日本では10年以上を要するケースが多い。研究成果の迅速な社会実装が、国際競争力の大きな差を生んでいる。

Ⅲ. 視察先の詳細分析

1. JETRO アムステルダム事務所

 今回の視察の最初に訪問したのは、JETRO(日本貿易振興機構)アムステルダム事務所である。同事務所は欧州進出を志向する日本企業にとって重要な拠点であり、情報提供、現地規制対応、販路開拓支援などを行っている。オランダは欧州の中心に位置し、英語が通用するビジネス環境、柔軟な税制、EU域内アクセスの利点を備えていることから、欧州統括拠点を置く企業が多い。

 担当者の説明によれば、オランダは「小国であるがゆえの戦略」を徹底しており、規模で勝負できないからこそ知識と技術を武器にしているという。これは日本の地方自治体が抱える課題にも通じる。人口減少と資源制約に直面する新潟県も、「量」ではなく「質」で競争する方向を模索すべきである。

 印象的であったのは、オランダが外資を単なる投資誘致対象とするのではなく、国内産業クラスターと結びつけて相互に強化する姿勢である。JETROの担当者は「企業が来ることで新しい知識とネットワークが生まれ、国内産業が活性化する」と説明していた。つまり、外資誘致を通じて「知識と人材の循環」を生み出しているのである。

2. HOKKAI Suisan

 1980年代に設立されたHOKKAI Suisanは、日本式の水産加工を欧州に根付かせた企業である。同社は冷凍魚介を欧州全域に供給し、和食レストランや小売市場の基盤を支えている。

 同社は現地雇用を積極的に生み出しており、従業員の多くはオランダや周辺国の出身者である。日本の加工技術を従業員教育に取り入れ、品質基準を浸透させている。これにより、単なるビジネスだけでなく、日本文化の共有と交流が実現していた。国内需要縮小に直面する日本の水産業にとって、このような海外拠点型の事業展開は重要なモデルケースである。

3. HOKKAI Kitchen

 HOKKAIグループが運営する和食レストラン「HOKKAI Kitchen」は、アムステルダム市内で高い評価を受けていた。店内はシンプルかつモダンで、日本的要素が洗練された形で取り入れられていた。顧客層の大半は欧州人であり、寿司や刺身を「健康的で高品質な食」として受け入れている。

 また、食材の一部はオランダ国内の農水産業から調達されており、「和食×地産地消」という新しい形が成立していた。これは日本食が単なる輸出商品ではなく、現地社会と結びつきながら浸透していることを示している。

4. Haakman Flowerbulbs BV

 Haakman社は、オランダの花き産業を象徴する世界有数のチューリップ球根輸出企業である。施設内部は近代的で、出荷前の球根が温度・湿度管理の下で保管されていた。輸出国ごとに異なる規格に対応できる体制が整っており、数千万球規模の輸出が行われている。

 日本の花卉産業が国内需要に依存しているのとは対照的に、オランダでは花卉が完全に輸出産業として成立している。この違いは制度設計と政策志向の差によるものであり、日本が国際市場で競争するためには大きな構造転換が必要であることを示している。

5. P.F. Onings

 ユリ球根輸出の大手であるP.F. Onings社は、世界規模の物流網を持ち、輸出市場の変化に柔軟に対応していた。各国の消費者嗜好を綿密に分析し、それに基づいて品種や出荷体制を調整する仕組みが確立されていた。

 たとえば、アジア市場では色鮮やかで長持ちする花が好まれる一方、欧州市場では自然な色合いや香りが重視される。同社はこうした嗜好差をデータ化し、生産と研究開発に即座に反映させていた。日本の花卉産業には欠けている「市場適応力」を体現している事例であった。

6. Moerman Lilium

 Moerman Lilium社はユリの品種改良に特化し、産学官連携によって迅速な研究開発を行っていた。研究施設では交配実験や環境制御試験が行われ、新品種が数年単位で市場に投入されていた。

 研究成果が即座に産業に転換される仕組みは、日本との大きな違いである。日本では研究と産業の距離が大きく、実用化までに時間を要する。一方、オランダでは大学や研究者が直接企業プロジェクトに参画することで、研究と産業の融合が常態化していた。

8. トマトワールド & World Horti Center

 「トマトワールド」はオランダ温室園芸の象徴的な展示施設であり、AI制御温室や循環型水資源利用、省エネルギー技術などが公開されていた。気候変動下における持続可能な食料供給モデルを体現する施設であった。

 「World Horti Center」は教育・研究・産業が一体化した複合施設であり、学生・研究者・企業が日常的に交流する「農業イノベーションのエコシステム」として機能していた。日本には存在しないタイプの拠点であり、仮に新潟県に導入すれば、人材育成と技術革新を同時に推進できる可能性が高い。

Ⅳ. 比較考察:日本・新潟県との相違点

 本視察を通じて明らかになったのは、日本農業、特に新潟県農業とオランダ農業との間に存在する構造的な違いである。以下では、主な相違点を整理する。

1. 国内需要依存と輸出志向の違い

 日本農業は依然として国内需要依存が強く、輸出比率は農産物総生産額の数%にとどまる。一方、オランダは「輸出を前提」として産業を設計しており、国内市場はむしろ二次的な位置づけにある。この差は、産業構造全体の国際競争力に直結している。

2. 研究と産業の距離

 日本では研究機関の成果が現場に浸透するまで長い時間を要する。大学の研究は論文成果にとどまり、産業化への橋渡しが弱い。他方、オランダでは研究者が企業プロジェクトに直接参画し、研究成果が即座に商業化される。研究と産業が一体化した構造が競争力の源泉である。

3. 物流・港湾インフラ

 新潟県を含む日本の農産物輸出は、港湾・空港の輸送体制が十分に最適化されていない。輸送時間が長く、品質保持の面で不利となる。これに対し、オランダはロッテルダム港・スキポール空港を核とする高速物流ネットワークを持ち、収穫から数十時間以内に欧州全域へ供給可能である。

4. 政策志向と制度設計

 日本の農政は依然として食料安全保障や価格維持を重視しており、輸出戦略は後追いの性格が強い。オランダは半世紀以上にわたり輸出志向を徹底し、補助金制度や規制設計を国際競争力強化に振り向けてきた。この違いは制度のあり方に根差している。

Ⅴ. 政策的含意

 本視察を踏まえ、新潟県が採るべき方向性を「短期」「中期」「長期」の三段階で整理する。

1. 短期(1~3年)

  • 輸出可能性の高い品目の特定(園芸作物・花卉・畜産物など)
  • EU規格やHACCPに対応した加工施設の整備
  • 県としての輸出支援窓口の強化とマーケティング機能の充実

2. 中期(4~10年)

  • 産学官連携の深化
  • 研究成果の迅速な産業化を可能にする「アグリ・イノベーション拠点」の設置
  • 輸出志向型農業団地の形成とインフラ整備

3. 長期(10年以上)

  • World Horti Center型の複合拠点を県内に設置し、教育・研究・産業を統合
  • 国際的な農業教育プログラムの導入による人材育成
  • 食文化外交と観光戦略の一体化による「新潟ブランド」の国際展開

Ⅵ. 結論

 本視察を通じて得られた最大の知見は、オランダが「小国ながら世界をリードする条件」を体現しているという事実である。資源制約を逆手に取り、知識と技術を基盤とした輸出志向を徹底した結果、オランダは世界第2位の農産物輸出国に成長した。

 日本、特に新潟県が国際競争力を高めるためには、国内需要依存から脱却し、研究成果を迅速に産業化する仕組みを整え、教育・研究・産業の連携拠点を構築することが不可欠である。さらに、和食や地域の食文化を「外交資源」として活用し、農産物輸出や観光振興と結びつける戦略が求められる。

 本報告書で得られた知見は、今後の議会活動や政策提言に反映させ、地域産業の国際競争力向上に資するものとする。

以上

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